憧れのフリーランス女性に聞く!ときめくキャリアの創り方 〜itty selection Inc. Produce〜

itty selection Inc.では、フリーランスになりたい女性のための記事コンテンツをご提供しています。

ぜひ、フリーランスになるための準備にお役立てください♪


憧れのフリーランス女性に聞く!ときめくキャリアの創り方

憧れのフリーランス、本当に、私にもなれる?自由なキャリアを築き、多くの人から愛されるフリーランスの女性たちに、駆け出しPRライターがインタビュー!
(プロデュース:itty selection Inc./連載先:株式会社ninoya オウンドメディア)


フリーランス志望の女性に贈る「本当にやりたいこと」の見つけ方 〜頑張るアラサー妻の夫婦仲をあげる・あげガールコーチ 佐藤久恵さん〜 - @ninoya_blog

「今は会社員でバリバリ働いているけど、いつか独立してフリーランスになりたい。」 しかしフリーランスの働き方が想像出来ず、ハードルが高くなってはいませんか?また、自分の本当にやりたいことが分からない女性は多いのではないでしょうか。 現在、あげガールコーチとして、頑張るアラサー女性向けの夫婦仲修復&恋愛におけるコーチングをされている佐藤久恵さん。元々大企業で従順満帆なキャリアウーマンの道を歩んでいた佐藤さん。 どのように「独立すること」に対するハードルを下げ、また本当にやりたいことを見つけたのでしょうか。 「自分がやりたいこと」は思いがけないところからやってくる?! ───佐藤さんがフリーランスを志したきっかけはなんですか? 佐藤久恵(以下、佐藤):きっかけは、パートナーとの離婚でした。 大学卒業後はいわゆる大企業に就職し、25歳で結婚をしました。しかし当時のパートナーに対して、わたしは常に上の立場に立とうとしており、いわゆるモンスター妻でした(笑) 夫を蔑ろにしすぎて夫婦仲が悪化していき、最終的に離婚に至ってしまったのです。一生を誓い合ったパートナーから拒絶をされ、すごく悲しかったんです。 でも、まずは自分が変わりたいと思いました。そして同時に、男性に負けじとバリバリ働いているような女性こそ、自分と同じようにパートナーとの関係を崩している方は多いのではないか?と思ったんですよね。 「自分みたいな悲しい思いをする人を一人でも減らしたい」という思いはどんどん募り、仕事と家庭を両立できる女性を増やすために独立を志したのが、28歳の頃でした。 ───現在あげガールコーチとして、どのようなお仕事をされているのですか? 佐藤:恋愛や夫婦仲修復を専門として、「男性を立てて、仕事も家庭も両立できるような女性」を増やすために、主にアラサー女性向けのマンツーマンのコーチングやセミナーを行っています。 その活動を通して、「子どもが憧れる笑顔の夫婦でいっぱいの社会づくり」をすることが、わたしのミッションです。 ちなみに、「あげガール」は、「賢い女は男を立てる」というわたしの人生のバイブルでもある本が、発案の元になっているんです。

株式会社ninoya

誇れるフリーランス人生を送るには?情熱を忘れず、直感を信じて進めば、必ずやりたい仕事につながる ~フォトグラファー 小松由佳さん~ - @ninoya_blog

フリーランスを目指しているけど、やりたいことがみつからない。もしくは、やりたいことがあっても、思うように進まない。そんな人も多いのではないでしょうか。 今回は、山あり谷ありのフリーランス人生を経験しながらも、シリア難民や農村の人々をテーマとした写真活動をつづけているフォトグラファー小松由佳さんに、PRライター山崎春奈がお話をお伺いしました。 そんな小松さんが語る「焦らず長い目で自分のフリーランス活動と向き合うためのポイント」はいったい何なのでしょうか。 フリーランスの仕事は自分で開拓!小さな積み重ねが仕事につながる ───フリーランスとして仕事を続けていけるかと不安に思う人は多いと思いますが、どのように活動されてきたのでしょうか? 小松由佳(以下、小松):小冊子をつくったり、写真展を開いて表現を具体的な形にし、それを発信して多くの人に自分の作品を見ていただくことを意識しましたね。 写真といっても、商業写真やプロフィール写真、報道写真などいろんな種類があるので、自分が何をどう伝えたいのかという方向性を明確にすることが大事です。 まずは、たくさんの人の目に触れる環境を"自分で"つくって、お仕事につながるきっかけにしてきました。また、1つ仕事が決まったら、人とのつながりや出会いによって、新たな波となって仕事につながる工夫をしています。 とくに、写真を仕事にしたい場合、今は誰でも簡単にスマホで写真を撮れる時代ですよね。だから、仕事をつづけるために、自分のオリジナリティーを出すことが重要だと思っています。 自分が何を通じて、どんなことを表現したいのかを、きちんと表現する。そうして自分の色を濃くしていくことで、自分にしかできない仕事がうまれると思っています。 ───フリーランスとしてお仕事ができるよう努力をされていたんですね。すぐに軌道に乗ることができたのでしょうか? 小松:いえ、経済的にかなり大変な時期もありましたし、フォトグラファーの活動がストップしてしまうこともありました。生活していくために、アルバイトを5、6個かけもちして倒れそうになったことも。

株式会社ninoya

フリーランス歴11年の女性が語る。自分にできる仕事を見つけたいなら「いろんな人に出会うこと」〜コミュニケーションプランナー(編集・ライター) Laicaヨシダエミコさん〜 - @ninoya_blog

フリーランスになりたいけれど、「自分ができること」にいまいち自信がない!という方は多いのではないでしょうか。また、フリーランスになったものの、継続的に収入を得られるのか不安を持つ方も多いと思います。 フリーランス歴11年のコミュニケーションプランナー(メディア編集・ライター)であるLaicaヨシダエミコさんも、会社員時代は「自分ができること」に気づかず、自信もありませんでした。 どのように「自分ができること」を見つけ、そしてフリーランスになった後も、継続的にお仕事をされているのでしょうか。PRライターMikako Sakaiが、取材してきました! 会社員時代は順調に出世。それでもフリーランスを選んだ理由 ───ヨシダさんは、社会人になったころからフリーランスになりたいと考えていたのでしょうか。 Laicaヨシダエミコ(以下、ヨシダ):まったく考えてはいませんでした。 幼少期から小説などの本を読むことが大好きで、高校時代になると「出版社で働きたい」という想いを持ちはじめたんです。漠然と本や情報に関わりたかったんですよね。 大学時代は勤労学生で新聞販売店に住み込みで働いてました。毎日、朝夕の配達しながら新聞の一面や社説を読んでいましたね。その時、ことばや表現などの勉強のためにもナレーター養成所にも行きましたね。 大学卒業後にはいった外資系企業が入社半年で日本から撤退してしまって……。そして、たまたま購読をしていた「OZmagazine」という女性向けの情報誌のWebサイトでインターン募集を見つけました。 思いきってそこに飛び込むことにしたんです。それが女性サイト「OZmall」とのご縁でした。 インターンとしての掲示板管理やメールマガジン配信からはじまり、だんだん契約社員、正社員、と昇格することができました。5年近く働かせてもらって、チーフディレクターになりましたが、先が見えなくなっていた頃があったんですね。 退職して学校に通っていた時にちょうど拡大時期の「@cosme」主宰の山田メユミさんとの出会いがあり、同社に誘って頂き、転職することにしました。

株式会社ninoya